作者 生没年 |
平櫛田中 1872(明治5)-1979(昭和54) |
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制作年 | 1961(昭和36)年 |
サイズ | 縦19.5cm |
技法・素材 | 木彫 |
解説 | 後水尾天皇(1596-1680)は徳川秀忠の娘を政略結婚させられたことに不満で、「世の中は気楽に暮らせなにごとも 思えば思う 思はねばこそ」という歌を作り、気楽坊と名付けた指人形を作らせて日々のやるせない気持ちをなぐさめたと伝えられています。この人形は、その後近衛家に伝わり(現在は京都・陽明文庫蔵)、田中はその人形を参考にして本作を制作しました。頭部は、戦後ながく日本の総理大臣をつとめた吉田茂の容貌に似せて作られています。吉田とは、それ以前にダレスが離日する際の記念として吉田本人から制作の依頼を受けたことがありました。 この《気楽坊》の最初の作品は、田中が旅行で訪問した窯場で制作を求められて、即興で土をひねって作ったテラコッタでした。人から求められて作ることが多かったことから、ポーズや彩色に様々な変化を加えて数多く制作されています。 |
所蔵美術館 | 小平市平櫛田中彫刻美術館 |